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殿から左馬への倭歌六首について

ツイッターでこの話題になった時に気づいたんですが「政宗記」と「貞山公治家記録」で、ちょっと内容が違うんですよね。
「武将歌人伊達政宗」や「政宗の文芸」では「貞山公治家記録」版が引用されているのですが…どっちなのっっ気になるっっ

【政宗記】(伊達史料集)
夏衣きつゝなれにしみなれども別るゝ秋の程ぞ物うき
蟲の音も涙催す夕ま暮淋しき床の起臥はうき
哀れけに思ふにつれぬ世の習ひ、馴にし夢の別れおぞする
みるからに猶哀れそふ筆の跡、今より後の形見ならまし
誰迚も終には行ん道なれど、先立つ人の身ぞ哀れなる
吹払ふ嵐にもろき萩の花誰しも今や猶まさるらむ

【貞山公治家記録】
夏衣キツヽナレニシ身ナレトモ別ルヽ秋ノホトソモノウキ
虫ノ音ハ涙モヨホスユウマクレサヒシキ床ノヲキフシモウシ
アハレケニ思フニツレス(ヌの誤植なのかなぁ?)世ノナラヒナレニシ友ノ別モソスル
見ルカラニ猶アハレソウ筆ノ跡今ヨリ後ノ形見ナラマシ
誰トテモ終ニハユカン道ナレトサキタツ人ノ身ソ哀ナル
吹ハラフ嵐ニモロキ萩カハナタレシモ今ヤオシマサラメヤ

それにしても「貞山公治家記録」の「公、左馬助死去ヲ聞召サレ、御嘆惜ノ餘ニ、彌陀ノ名號ヲ御句ノ上ニ置キ給ヒテ、倭歌六首ヲ詠セラル」の「御嘆惜ノ餘」に、うおぉぉぉぉぉっっっっとなる…
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